写真は1999年10月に撮影したものです。南スラウェシのブギス−マカッサルの結婚式では、マカッサル語でコロンティギと呼ばれる儀礼が前夜におこなわれます*1。二部構成の儀礼のうち、第一部のタマット・ムンガジをおこなっている場面を撮影しました(写真撮影:浜元聡子)。
タマットtamatとは卒業する、修了する、なにかを終えるという意味、ムンガジmengajiとはイスラームの啓典クルアーンコーラン)の読み方を学習することをさすインドネシア語です。コロンティギ儀礼を司るのは、村のイマームイマームとはイスラームの宗教的指導者のこと。適齢期を迎えた人が結婚するということは、よきムスリムとして十分にコーランを理解しており、人間的にも成熟していることを意味します。その最期の仕上げとして、イマームと差し向かえで教義問答をおこなうのです。結婚するのは左側の着飾った女性、右側の男の子はちょうど割礼を終えたばかりの弟です。どちらも「大人」になるという時機だったので、ふたりが同時にタマット・ムンガジをおこなっています。
コロンティギ儀礼の第二部は、やはりイマームが司ります。写真には写っていませんが、ベッドの足下のほうにはモスクに管理されている聖なるタンバリンや太鼓を手に持った男性が8人座っています。イマームの読経に合わせて、バラサンジbarazanjiを唱和します。それを聞きながら、新婦の知人や家族が関係が遠い順に並び、ダウン・コロンティギ*2の葉を擂り潰しタマリンドや香料を加えて練り香にしたものを、バナナの葉で作った刷毛を使って、新婦の手の平に練り香をすり付けていきます。すると手の平が赤く染まってきます。儀礼が終わった瞬間、残った練り香を、独身の女性たちが奪い合います。自分も早く結婚できるようにと、練り香を眉間とこめかみに刷り込むのです。インドネシアでは、断食月が明ける七夜前には、爪先を赤く染める習慣が広く見られます。それとおなじように爪先に練り香を乗せて染めると、爪が伸びて色が消えるまでに結婚できる…などという人もいます。
新郎新婦はコロンティギ儀礼を、それぞれの両親の家でおこないます。おもしろいのは、この儀礼は午後7時過ぎの礼拝が終わると、ほぼ同時刻にそれぞれの家で同時におこなわれること。そして、コロンティギの練り香は、第二部の儀礼が始まる直前に、相手方の家族の使者によって運び込まれてきます。自分の家で用意した練り香は、相手方に使われるのです。練り香には、メッカ巡礼に行った家族が持ち帰ってきた香水や上質のヘンナも混ぜられます。練り香を入れる容器もやはりメッカ土産の真鍮製の小さな盃と盆です。この容器を交換することで、家族の中に巡礼経験者がいることが穏やかにアピールされるのです。どこまでがブギス−マカッサルの儀礼で、どこまでがイスラームと関連する儀礼なのか、容易にわからない部分も多いのですが、結婚に関する儀礼の中では、間違いなくもっとも静かにおこなわれるものでしょう。

*1:ブギス語でマ・パッチィと呼ばれますが、コロンティギとまったく同一の内容。

*2:ダウンはインドネシア語で「葉」のこと。ダウン・パチャール(恋人の葉っぱ)とも呼ばれるミソハギ科の木。Lawsonia inermis L.→http://www.nippon-shinyaku.co.jp/ns07/ns07_03/02_09/