マカッサル海峡では、毎年、5月から8月一杯までが、トビウオの卵漁の漁期です。漁場は、バランロンポ島からずっと西のほうのカルカルクアン・マサリマ諸島Kepulauan Kalu-kalukuang Masalimaの海域。ランカイ島やランジュカン島の沖合もまた、漁場のひとつ。出漁するのは、タカラール県北ガレソン郡と南ガレソン郡の漁師たちです。ココヤシの葉をたくさん船に積み込み、これを漁場の海に流します。トビウオは、このヤシ葉の陰に卵を産み付けるのです。それを引き上げ、マカッサルへ運びます。卵は日本や韓国、そしてアメリカなどにも輸出され、お寿司などの具や、さまざまな総菜の材料となります。
マカッサル語でトビウオは、トラニtoraniトビウオ漁に従事する漁民のことは、パ・トラニPa'toraniといいます。トビウオにはもうひとつ呼び名があります。トゥイン・トゥインTuing-tuingといいます。この呼び名に関しては、ちょっとしたユニークな説明がありますので紹介してみましょう。
マカッサル語では、星のことをビントゥイン(ビントゥエン)bintoing/bintoengといいます。流れ星が海に落ちて、それが海面をトゥイン、トゥインと跳ねて、トビウオになったのだ、というもの。マカッサル語では、名詞をふたつ重ねることで、より小さな形のもの/若いものの意味になります*1。たとえば、ラヤンという魚の若いものは、ラヤン・ラヤン。チャカラン(カツオ)の場合は、チャカ・チャカラン、というようになります。トゥイン・トゥインは、海に落ちた小さな星という意味になるでしょうか。トビウオの卵は、バランロンポ島でも、よく食されます。ジュルック・ニピス(小さな柑橘類)を絞ったジュースをかけてお酢でしめるようにしばらくおいたあと、ココナツをおろし金ですり下ろしたものと、千切りにしたまだ青いマンゴを混ぜ合わせるだけ。これは島のバジャウの人びとの好んで食べる料理でもあります。トビウオのかわりにイカン・ルーレやイカン・マイロ(カタクチイワシやキビナゴ)などの小さな魚をさっと湯に通したものを混ぜることもあります。マカッサルの田舎の料理は、ただ辛いだけではなく、チャンバ(インドネシア語ではアサム:タマリンド)や青いマンゴなど酸味を重視した味付けがたくさんあります。魚の煮炊きも、ゴレンも、基本の味付けは、チャンバ。チャンバという地名やその派生語が地名となった場所がたくさんあるのは、マカッサルの人にとってチャンバがとても重要な食材であるからなのかもしれませんね。
さてトビウオが海に落ちた小さな星だとしたら、トビウオの卵は星の卵になるでしょうか。カサール(粗野)な人びとだといわれることの多いマカッサルの海の人びとですが、ロマンチックな言い伝えや民話もまたあるのです。

*1:複数形となる場合もあります。Kalu-kalukuangは、ココヤシの木がたくさんある場所という意味。