celebes2005-06-19

  • 今日の散文は、浜元聡子さん(京都大学東南アジア研究所→id:celebes:20050413#20050413f1)が書いています。浜元さんは、いつもは野菜や豆腐をおみやげにしていますが、たまには高級なお菓子やファースト・フードを買うこともあるようです(写真撮影:浜元聡子 北スラウェシ州)。

■伝統と近代
田舎に住んでいる人へのおみやげとしては、缶入りのクッキー詰め合わせが、少し前までの定番だった。あるいはマカッサルの避暑地であるマリノ高原産のマルキッサ(パッションフルーツ)から作った濃縮ジュースの瓶詰めか。いずれにしても日持ちがすること、大勢で分けられることが重要な点である。小さい子どもがいる家だとわかっている場合には、オレオという外国ブランドのビスケットの大箱を選ぶこともある。黒いビスケット生地に真っ白なクリームが挟まれたお菓子は、テレビCMの効果もあり、知名度が抜群である。黒い生地がほんのりと苦いため、クッキーを二枚に剥がして、それぞれを牛乳に浸して食べるという模範演技がコマーシャルになっていた。田舎の子どもたちが、オレオを練乳をお湯で溶いたものに浸してきゃっきゃと食べる光景は、なんとも子どもらしく、かわいらしいものであった。

ところが、この頃、新しいショッピングモールが、過去数年で4つも増えたこともあり、市中に住む親類・友だちを頼って、田舎に住む人が泊まりがけで出てくるようになった。街には缶入りクッキーやマルキッサジュースの他にも、いろいろなものがあることを知るようになる。それまでの、朝早い船で街に出てきて、旧市街地の通称「セントラル」と呼ばれる昔ながらの服飾雑貨マーケットで慌ただしく買い物を済ませて、荷物を満載したベチャで港に早々と引き上げるというスタイルが変貌を遂げた。ゆっくりと、ショッピングモールを散策し、ジャカルタ資本の大型スーパーマーケットの商品棚を吟味する。そして村に戻ってきてからおもむろに、「これからはオレオはいらない。○×を買ってきて欲しい」と、リクエストをするようになるのである。○×には、テレビのコマーシャルで流されるようなお菓子やシャンプーが入ることもあれば、フライド・チキンやハンバーガー、大きなピザのこともある。とくにこの3つのファースト・フードは主婦からの要望が高い。それはなぜか。

この3つのメニューは、入念に味付けや材料が調査され、それに限りなく近い味を再現するための実験材料として所望されるのである。商品として十分に再現できると、今度は代替材料を使った場合、どの程度まで実物に近い雰囲気が出せるかが検討される。結果として、実物からかなりかけ離れた、しかし雰囲気だけはかなり似ているものが生み出されることになるが、これが重要なのである。再現されたファースト・フードは、結婚式、割礼式、出産祝いなどの祝い膳に、伝統的メニューとともに供される。街の流行を、伝統的な儀礼の場面にいかにして取り混ぜることができるかが、その儀礼を執行する「家族」全体のモダーン度を測るひとつの物差しとなるのだ。モダーン一辺倒になっては格式がなくなるし、伝統だけではおもしろみがなくなる。お料理やお菓子だけでなく、儀礼用衣装にも適宜、流行を取り入れなければならないと考えられている。新しい試みのある祝い膳のメニューは、たちまちにして村中の料理自慢の女性たちの話題の中心となる。
「今度のうちの姪の結婚式では、もっとすごいメニューを作らねば」。
思いがけない場所で、田舎のお母さんと出会ってびっくりするのには、このような背景がある。みな、新しいメニューの開拓に余念がないのである。また、日本ではフライド・チキンやハンバーガーなど滅多なことで買ったりしない人物が、両手に抱えるようにしてこれらを持ち帰るのは、上記のような事情がある。