celebes2005-07-03

■名前からわかること
マカッサルの人びとは、二種類の名前を持っています。一つは、学校や役場などで使う正式な名前。もうひとつは、毎日の生活の中で使われる名前です。子どもが生まれると、7日目にアットンポロという、頭髪を鋏で切りとる儀礼がおこなわれます*1。最近では、この儀礼までに正式な名前を付けるようになってきました。しかし、少し前までは、このときにはまだニックネームのようなものがついていればよかったとのこと。そのニックネームも、女の子であれば「アッチェ」、男の子であれば「アチョ」*2で済ませることがありました。日本語でいえば、「お嬢ちゃん」と「ボクちゃん」に相当するでしょうか。生まれた子どもの性別を尋ねた場合、その答えとして、「アッチェだったよ」などと使われることもあります。
また、少し前までは、乳幼児の死亡率がまだ相当に高かったことから、病気にならないように、正式名とは別の名前を付けることもよくありました。先に生まれたキョウダイがつぎつぎと亡くなっている場合、マンタン(生きる:男女)、ダッキ(粘り気がある:女)、サンカラ(生きる:男)などの幼名を呼ぶことで、悪霊などから身を守るとのことです。
さて、そのいわば幼名のようなものが、正式な名前にとして登録されてしまうこともあります。そしてそのまま、成人して結婚して親となり、やがてメッカ巡礼などに出発したりするのです。巡礼後には「ハッジ」という敬称が付けられます。ハッジ・アッチェ、ハッジ・サンカラとなるのですが、さすがにこれでは威厳もないし、人から尊敬もされないということで、どさくさに紛れて、立派なムスリム名を名乗る人もいます。ただし、年齢に応じて、その世代での一般的な名前が付けられます。子どもの名付けには、流行があるわけです。名前を聞けば、大体、何歳くらいなのかわかったりすることがあるのです。
母親が「おしん」を見ているときに生まれた女の子は「オシンワティ」、難産のためにジョロロというスピードボートで、マカッサルの病院へ向かう途中で生まれた女の子には「ジョロロハティ(ジョロロの心)」という名前が付けられました。このふたりが生まれたのは、1990年代初頭だろうなという予想がつくわけです*3。近年では、男女ともに使えるリスキーRizkiという名前が流行りました。インドネシア語で幸運や神の御加護を意味するRezekiという言葉から来ています*4。1997年の金融危機以降、田舎では、急速にこの名前が増えました。去年あたりに小学校に入学した世代では、教室で「リスキー」と呼べば、半分くらいが振り向くような状況となっています。
日本人の名前も、この10年近くで、ずいぶんとモダーンになってきました。インドネシアの田舎の人の名前も、シッティ・ラフマやヌルチャハヤ、ジャマルディンやアブドゥッラといったどっしりとしたムスリム名の人が少なくなってきました。最近の流行は、DianとCinta。どちらも、大ヒット映画”Ada Apa dengan Cinta?"の主人公の役名(Cinta)とそれを演じた女優の名前(Dian Sastrowardoyo)からきています。Dianは男女ともに使える名前なので、便利です。
地域によっても、名付けの傾向は異なるでしょう。そのときどきの世相が反映されることもあり、名付け研究は面白そうだなと思うこの頃です。

*1:35日目におこなう場合は、初めて揺り籠に赤ん坊を乗せる儀礼と合わせておこなわれます。揺り籠儀礼は、第1子、第3子…と奇数番目の子どもに対しておこないます。

*2:「バチョ」「バソ」はバリエーションのひとつ。baksoではなく、bas(s)oと綴る。

*3:[おしん」が放送されたのは、1990年以前のことですが、「妊婦がくつろいで、自宅でテレビを観る」ようになるのは、テレビがそれほど高価なものではなくなり、各家庭に一台保有されるようになってからのことなのです。島嶼部地域では、1991年になって初めて、電気の夜間供給が始まりました。また、ジョロロが急速に普及しはじめ、人がジョロロを移動手段として使うようになるのも、1990年代前半のことでした。ジョロロがまだ珍しかったから、人名に使う意義もおおいにあったわけです。

*4:GramediaのKamus Indonesia-Ingrrisでは、RiskiはRezekiの別綴りとして出ています。