儀礼

写真は、これから出漁するナマコ漁船の乗組員の家で撮影したものです(写真撮影:浜元聡子)。
ナマコ漁船は、この頃では船の動力の性能もよくなり、GPSを搭載しているのが当たり前になってきました。出漁期間も短くなりつつあり、船そのものの安全性は高まってきています。問題は、資源としてのナマコが減少傾向にあるため、操業距離が飛躍的に遠くへ伸びていることにあります。もともと、南スラウェシのナマコ漁師たちは、遠くはオーストラリア北岸アーネムランドあたりまで、ナマコ漁の漁場を開拓してきました。オーストラリアの先住民アボリジニの言語には、マカッサル語やマレー語の語彙に似たものが、含まれているとのことです。何百年も昔の話ではありますが、近年では1990年代にオーストラリア海域での越境ナマコ漁が集中的におこなわれたことがありました。船およびその漁獲は、すべてオーストラリア領内で没収・焼却処分され、乗組員は飛行機でマカッサルへ帰されたとのことです。スプルモンデ諸島の人びとの中には、今でもその時のことを、半ば楽しげに話してくれる人もいます。
そのようなナマコ漁に従事する家族のいる家では、出漁期間中、一日中、安寧を祈願するためのロウソクの明かりを絶やしません。写真は、出漁前夜の特別な供物です。翌日からは、写真右手奥のグラスに入った白米をひとつの大きな琺瑯ボールに集め、そこにロウソクを挿して明かりをつけます。写真の手前の四枚のお皿には、モチ米に着色して炊いたものが盛りつけられています。黒い色のものは、黒米のモチ米。
時代は変わり、海の暮らしも、どんどんハイテク機材が使われるようになってきました。伝統的な船上の人間関係であるプンガワ=サウウィ関係と呼ばれるものも、実力主義の月給制に変容しつつあります。それでも、留守を預かり無事の帰島を待つ家族は、心配でならないのでしょう。出漁の安寧を祈願する儀礼には、簡略化や合理化はまったく見られません。海に暮らす人だからこそ、海を決して甘く見ないということなのかもしれません。